熊本天草からお届けします。お歳暮・ギフトに最適!|天草梅肉ポーク|農林水産大臣賞受賞、梅肉エキスで育てた柔らかくて脂身に旨みが詰まった臭みのない豚肉。

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梅肉ポークヒストリー

初めまして、天草梅肉ポークの浦中一雄(うらなか・かずお)と申します。私たちの会社がある熊本県の龍ヶ岳町は、雲仙・天草国立公園の指定を受け、龍ヶ岳山は名勝として国立文化財の指定も受けています。そんな町の伝統的な家庭健康医薬品だった「梅肉エキス」をヒントに「人に良ければ豚にもよかっじゃなかか。」と考え、独自で「梅肉エキス」を開発。苦節22年を経て、完全無薬で育てた高品質の豚肉「梅肉ポーク」を完成させ、企業養豚経営を確立してきました。そんな私のお話をお聞きください。

私の若い頃は、成人すると就職のために町を出ていくのが当たり前で、私も神奈川へ出ていました。そこで5年ほど務めた後、龍ヶ岳町に帰ってきました。担い手の高齢化や町の過疎化が進むことが気がかりだったからです。そこで就職か就農か悩みましたが、父が庭先で養豚をしていたことから養豚の道を選びました。まず父の勧めで、養豚業を営んでいる知り合いのところへ働きに出ました。そこで2年程務めました。

昭和54年、自宅のみかん畑と知人から借りたみかん畑を、切り開き豚舎を建てはじめました。周りは一面の梅畑、天草の海も一望でき、自然豊かでとてもいい環境でした。

そこに九州で最初のSPF豚 (SPF協会があらかじめ指定した、病原体をもっていない豚)の母豚30頭とともに、まだまだ小さな規模でしたが、夢を持って養豚業を始めました。その頃は、地元で育った梅を使ってくれと持って来る方もいて哺乳期の子豚に食べさせていました。その梅はとても良質なものでしたが、規格外であるため市場には出せないものだったのです。

養豚の技術水準を測るためには、繁殖成績や飼料の効率、出産出荷頭数などがあります。本格的な養豚のスタートから2年経った昭和56年、私たちは全ての技術水準において日本一の実績を出すまでになりました。この実績から当時は「SPF豚の看板農場」として全国から視察が相次ぎました。さらに翌年には結婚し、経営のパートナーも迎えることとなりました。公私ともに充実した日々でした。

しかし養豚の実績を得て待っていたのは、苦難の連続だったのです。

企業経営の難しさ(昭和58年~昭和64年)

その当時、SPF豚はまだまだ広まっていませんでしたが、その安全性や食味の良さが付加価値になると業界が注目し始めていました。そこで私の農場が出したデータは、他の農場にとってみれば驚異的なものだったそうです。

昭和61年、私は将来展望のために新たに山を切り開き、豚舎の増改築に踏み切りました。自己資金に借り入れを合わせての大規模な改築でした。

しかし翌年、子豚が原因不明の下痢にかかってしまいました。大切な豚がバタバタと倒れ、生産状況も厳しくなっていきました。そんな中、息子が豚舎にある機械で手に大怪我をしてしまったのです。
大泣きする息子を抱きかかえ、車で片道3時間かかる熊本市の専門病院へ急ぎました。「何とか無事に治ってくれ」と何度も願いました。病院で手術と治療をしてもらい、私も輸血もしましたが、元通りに治ることはありませんでした。

一方、豚の病気は治まる様子が無く、原因もなかなか分かりませんでした。豚に与える水はもちろん、豚舎内のホコリや塗ってあるペンキなど思いつく限りの検査をしましたが、それでも状況は改善しませんでした。そんなある日、飼料として仕入れていたミルクが原因ではないか?と思い、別のミルクに代えてみました。すると、とたんに症状が改善したのです!
原因は、もともと与えていたミルクが消化不良になっていたことでした。それによって腸の中の絨毛が溶けて無くなり、大腸性の下痢を起こしていたのです。

そして悪いことは続くものです。3年後の昭和64年、肉の買取価格を巡って取引先の業者と契約上のトラブルに発展してしまったのです。そこには業者から仕入れたミルクによる豚の病気の問題も含まれていたのですが、補償などは得られませんでした。それどころか、半ば一方的に枝肉の価格をカットされてしまったのです。「SPF豚と言えば浦中」という評価を頂いていたこともあり、一生懸命に協力してきたつもりだった私は大きな失望を覚えました。「何故このようなことになってしまったのか?」私は毎日のように考え続けました。

天草梅肉ポーク株式会社を設立したが…(平成元年~平成4年)

下痢をした子豚には抗生物質を使っていましたが、大腸菌は抗生物質などの薬品に対してすぐに耐性をつくってしまいます。そのため、次々に抗生物質を変える必要がありました。しかし、大腸菌は自然物に対して耐性を作ることはありません。

これが梅肉ポークを思いつくきっかけになりました。

梅肉エキスを豚に与える様子

自然物から抗生物質に匹敵するものを作ることが出来れば、もっと安全かつ安定的に豚を育てることができるはず。そう思った私は、それからほとんど寝ずにアイデアを練りました。身体の奥から力を絞り出すようにして、試行錯誤を繰り返しました。
そして最後に行き着いたのが龍ヶ岳町の梅だったのです。

まず黒砂糖に漬けた梅を子豚に与えてみましたが、効果はありませんでした。しかしその後、そのエキスを発酵させてから与えてみると、下痢が止まるようになってきたのです。

この梅肉エキスを基に改良を加え、平成3年に最初の特許申請しました。

梅肉エキスを与えた豚は、豚肉特有の臭みが無く、きめ細やかな肉質になっていました。とてもあっさりとした、上品な味に仕上がっていたのです。ひたすら豚の病気予防のためにと思っていた私は、とても驚きました。これが、梅肉ポーク誕生の瞬間でした。

裁判を経て~首をくくってしまおうかと…~(平成4年~平成5年)

取引先業者との間に生じた契約問題ですが、和解できずとうとう裁判へ移ってしまいます。当初は有利と思われましたが、その後の展開は私の気持ちとは逆の方向へ進んで行きました。

そして結審の時。私たちの思いは届きませんでした。

これまでの問題が、全てうやむやにされてしまいました。その日の帰り、私と妻はとても腹立たしくやり切れない思いでした。全てにおいて償ってくれとは言わないが、せめてひとこと謝罪の言葉が欲しかった、と。
その後、私はとても落ち込みました。毎日のように頭がキリキリと痛んで、首をくくってしまおうかという気持ちでした。

そして、また悪いことは重なるものです。その年は長雨で水害にも見舞われました。裁判費用、借り入れの返済に加えて水害対策で大金が必要になったのです。さらに牛肉の自由化で豚肉の価格は低迷し、収益が悪化しました。いま振り返ると、この年は人生でもっとも辛い時期でした。妻と二人「もう笑って過ごす事はできない。二度とそんな日は来ないだろう。」と話し、そんな事ばかりを考える毎日でした。

しかし、そんな深刻さを知らない子ども達が、純粋に仕事を手伝ってくれる姿を見てハッとしました。子どもは辛そうにするどころか楽しそうに笑っているじゃないか。そんな姿に励まされた私は考えを改めました。「この子たちの笑顔を絶やしてはいけない。未来の可能性を奪ってはいけない」と。そして改めて妻と二人、互いに協力しながら頑張っていこうと決めました。

梅肉ポークに望みをかけて(平成6年~現在)

一筋の光明である梅肉エキスを、より良いものにする。これまで味わった悔しい気持ちや失望、そこで流れてしまった時間の全てを取り返そうと、日々励みました。その結果、肉によくサシ(脂の霜)が入るようになりました。もちろん臭みはなく、脂身にも甘みを感じました。この脂身の甘さが豚肉の美味しさには欠かせないのだ、と改めて気付かされました。
さらにサシが入っているので、調理しても箸で切れるほど柔らかいというのは、なかなか他にない利点でした。私は今まで以上に色々な所を走り回り、販売に力を入れました。この時にはすでに、抗生物質を使う必要が無くなっていました。これが、現在の天草梅肉ポークです。この年には梅肉ポークの特許申請も果たしました。そして平成8年、無事に最初の梅肉エキスの特許を取得することになります。

そんなある日、SPF豚の母豚を仕入れている農場から「PRRS」という病気が農場に入ってしまいました。PRRSはアメリカが発祥で、発症すると家畜の免疫が弱くなります。そのため母豚が流産を起こしたり、子豚や肉豚が風邪をひきやすくなるという病気でした。保健所にも相談しましたが、「補償は受けられないだろう」とのことで、梅肉エキスのみで耐え抜くしか道はありませんでした。

それでも、たくさんの豚が病気に倒れました。そのことだけでも辛い上に、生産コストも大きく跳ね上がり、膨大な損失を出してしまいました。もう倒産してしまうかと思うぐらいの苦しさに、涙が止まりませんでした。ですが以前に誓ったこと、「子どもたちの将来の為に」と「妻と協力して頑張っていく」という事を思い返し、じっと耐えました。

梅肉ポークの特許を取得

そんな状況の中、梅肉ポークのチラシが県農林水産の方の目に留まり、商談会に参加することになりました。それをきっかけに、少しずつ梅肉ポークが売れていくようになったのです。

さらに平成12年には農業コンクールに出ることを勧められ、その結果「秀賞」を頂きました。続く翌年には、国の「農林水産大臣賞」を受賞しました。予想外の評価に驚くと同時に、今までの苦労が実を結んだ!と家族全員で喜びました。そしてこの賞を境に、周囲の評価が変わってきたのを実感することになります。
今までの経験をふまえ、平成12年7月24日、改良を重ねた第二の梅肉エキスと梅肉ポークの申請をし、これからの会社のために商標登録や海外の特許を申請しました。

平成16年には梅肉エキスの特許が認められ、また食肉産業展の「銘柄ポーク好感度コンテスト」において「優秀賞」を受賞しました。翌年、今度は梅肉ポークの特許を取得しました。

私は、実に15年の歳月をかけて病気の撲滅に取り組んできました。現在では、倒れる豚もほとんどいなくなりました。子豚から肉豚まで一貫生産する農場において、抗生物質や抗菌剤を一切使わず、PRRSという病気を完全に克服したことは、全国的にもかなり珍しいことのようです。しかし油断することなく、もう同じ病気や他の病気も二度と入れないために、車や人など農場に入るものの消毒を徹底するよう心がけております。

創業から34年たった今、「完全無薬の天草梅肉ポーク」として生産から販売まで一貫して家族経営で行っております。私自身も、梅肉ポークとして生産・販売を始めてから20年を経てきました。

子どもが小さい頃から常に農場へ連れて行き、子ども達が将来仕事に対して責任を持って取り組んでもらいたいという思いを伝えてきたつもりです。その思いを受け継いでか、今では息子達が生産や販売等に携わってくれています。私が体験してきたように、子ども達も自分で道を切り開いていってほしい。いろんな苦難があるだろうけど、それに負けず夢や希望を持って進んでほしい。そう願いながら今を頑張っているところです。ここまでお読みいただいて有難うございました。

店名 天草発お歳暮ギフト|天草梅肉ポーク公式オンラインストア
会社名 天草梅肉ポーク株式会社
住所 〒866-0201
熊本県上天草市龍ヶ岳町大道1053
電話番号 0969-63-0951
FAX番号 0969-63-0107
メールアドレス info@bainiku-pork.com
営業時間 9:00~17:00
取扱商品 梅肉ポーク、梅肉ポーク加工品
メッセージ 熊本の柔らかく、脂身が甘い、そして臭みのない豚肉を買うならココ!!農林水産大臣賞受賞、創業30年の実績。「梅肉エキス」を与える独自の飼育法は日本・海外で特許を取得!「天草梅肉ポーク」が完全無薬の安心・安全な豚肉をあなたの食卓にお届けします。

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